飼い主次第で猫の最期が決まる。猫のQOLについて考えよう!

飼い主次第で猫の最期が決まる。猫のQOLについて考えよう!

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今猫を飼っている方にもいずれお別れをする時が来てしまいます。 猫の寿命は15年ほどといわれており、人間よりもはるかに短いです。でも、今まで一緒に過ごしてきたからこそ、猫の最期について考えておかなければなりません。 今回は、猫のQOLについてお話していきます。

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猫のQOLとは

happy cat lovely comfortable sleeping by the woman stroking hand grip at . love to animals concept .

Nitikorn Poonsiri/shutterstock.com

最近QOL(「Quality of Life」)という言葉をよく耳にするようになりました。

QOLとは日本語で言うと生活の質という意味です。 人間についていうと、人生の内容の質や社会的な観点から見た生活の質の事を指します。 簡単に言えばこれは、人間らしい生活をして幸福を見出す生き方を測る基準や尺度といったところです。

この言葉は基本的に医療上の問題に関して使用されるワードです。

単に患者が生き続けることではなく、患者が理想とする生き方を実現するサポートをすることも示唆しています。少し難しい概念かもしれませんが、要は幸せな生き方や最期を模索するスタンスと言い換えることができるでしょう。

さてこのQOLの考え方は人間に限ったことではありません。 猫に関してもQOLの考え方は当てはめることができます。人間と同様猫も死にます。 猫の寿命は長いと20年近く行くことがありますが、少しずつ死に近づいていることに変わりはありません。

老齢の猫になるとよりきめ細やかなサポートが必要になりますが、猫の生活向上や満足度について考えてあげることが大切とされています。 仮に猫が病気になった場合、飼い主としてみれば一日も多く生きていてほしいと感じるでしょう。

しかし猫がそれで幸せかどうかは別の話です。猫は長生きできるように延命措置を取られたとしても、元気がない状態でなんとか生きているのであればうれしいとは思わないかもしれません。 また治療が順調に行われていても、動物病院にいることや様々な処置を取られている中でストレスを感じているとしたら考え物です。人間に関しても猫に関しても、ある程度精神的な満足度が得られる生き方の方が、強引な延命措置より重要という考えがあります。実際このようなコメントがあります。

「まだ一歳にもならないのに余命一年と言われた猫がいます。いつ突然死するかもわかりませんし、病気が進行すればものすごく苦しみ死ぬ可能性もあり、しかも進行を止める手立てが今の獣医療ではありません。生活するにあたり塩分がだめとか運動させないようにするとか色々注意点はありましたが、運動制限はせず、無理させない程度に遊んでいますし、ご飯は好きなものを食べさせてます。余命も気にしていません。一年って言われたけど二年かも!三年かも!なんてむしろ希望を持って生活しています。 そして、先の別れより今一緒にいれる幸せを噛み締めています。本来ならケージで運動制限し、処方食でも食べてたほうが体にはいいのかもしれません。ですがそれでほんの少し寿命がのびたところで、この子は幸せだったか?という疑問がこの子の死後必ず出てくると思い、自由に好きにさせています。」

この飼い主さんは食事制限や運動制限をあまり厳密に行わないことが愛猫のQOLを高くする結果になると考えています。この意見に同感できる人は少なくないでしょう。いずれにしても愛猫のQOLを普段からよく考えておくのは良いことです。猫はいずれ死を迎えます。飼い主の年齢にもよりますが、多くの場合は飼い主が猫の死に直面する場面が多いでしょう。そのため悔いのない別れをするためには、「自分はどうすべきか」心の準備をしていなければいけません。突然猫の体調が変化した場合、なかなか自分では決定を下すことができないものです。実際このような質問を掲示板に投稿している飼い主さんもいます。

「現在18歳のネコがいます。6歳から1年に1回の血液検査を含む健康診断+ワクチン接種、11歳からは年2回の・・・とずっと健康に留意しながら18歳まできました。今まで大きな病気もなく、ここまできましたが、3月から突如、排尿がネコトイレで出来なくなり、トイレ付近での排尿行動を取るようになりました。また、深夜徘徊、大声で鳴く等、この時から、徐々に甲状腺機能亢進症に近い症状を出すようになりました。そして、一昨日から、遂に丈夫だった腎機能も衰えてきて腎不全になりました。状況的にはいつ逝ってもおかしくありません。・・気持ち的にはずっと一緒にいたいと思いますが、誰しもが死を迎えることも受け入れなければならないと心では分かっています。自分の愛玩動物が命に終末に面した時、皆さんはどう乗り越えましたか?今、仕事も全く手につかず、どうしたらいいか悩んでいます。少しでも考えるのをやめるとポロッと泣きそうで・・・」

この飼い主さんと同じように、猫の最期にどう直面すべきか決めかねるという例は多いでしょう。

Yahoo!知恵袋
出典:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10107681255

猫は飼い主次第

Cat and man, portrait of happy cat with close eyes and young man, people playing with the kitten. Handsome Young Animal-Lover Man, Hugging and Cuddling his Gray Domestic Cat Pet

Veera/shutterstock.com

人間の場合はQOLを決めるのは患者本人ですが、猫のQOLは飼い主次第です。

猫は治療や延命措置に関して決定権がありません。 というより飼い主によって下された決定の通りに生きるだけです。

そのため飼い主がどんな判断をするかが非常に重要になります。 動物病院ではできるだけ長く生き続けられるように様々なアドバイスをするかもしれません。

例えばどのような食材に気を付けるべきか、運動はどの程度までできるかといった点です。 飼い主としてはまず猫と少しでも長くいたいという気持ちがあるため、そのアドバイスに事細かに従うべきだと考えるかもしれません。

あるいは自分のためではなく猫の福祉を思って病院にお世話になることを望むかもしれません。例えば病気ではなく老衰で弱っている時に、病院に連れていくべきだと考えて治療を敢行する人もいるでしょう。実際このような飼い主さんもいます。

「何回ももぅだめなのかと言うほど体調を崩しましたが、強制給餌しながら何度も何度も復活しました。自分で餌も食べました。だから皮下輸液に通い続けました。考え方は飼い主様々だと思います。苦しめたくないから治療を辞める。私は今苦んでるのが辛いからまた復活出来るよう治療を続けました。」

このコメントに同感する人もいるでしょう。決してエゴで治療を続けるのではなく、元気を取り戻してくれるのを願って治療なり延命措置を取るかもしれません。しかし下した決定が必ずしも満足のゆく結果になるかは別です。下した決定が後悔につながるということも珍しくないでしょう。実際こんな例があります。

「私は去年18年飼っていた愛猫を老衰で亡くしました。最後の頃は目が見えなくてヨロヨロし食事ができず動けず痩せてしまいました。・・・私は心配でどうしても病院に連れて行きたいと思いましたがうちの猫は病院が大嫌いだったので、母はこんな状態の時無理に連れて行ったら余計かわいそうだと言いました病気ならいいけど老衰なのだから自分が猫だったらこんな時病院に行きたい?と。それでも私は心配で一度だけ無理やり病院に連れて行きました。痩せた身体に点滴、骨と皮しかないような身体なので点滴も刺さりにくく声もでない程弱ってたのにギャーギャー苦しそうに痛そうに鳴きました。結局こんな思いをしたのに良くなったのかならなかったのかわかりません。」

この飼い主さんは猫への愛が強かったため、病院に無理して行くことを決断しました。しかしそのことをいまだに後悔しているとも語っています。どんな決定を下しても「本当にあれで良かったのか」と後悔はある程度するものですが、いずれにしても猫は自分自身では何も決定できない分、飼い主は総合的な判断を下す必要があります。

Yahoo!知恵袋
出典:https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1060106690
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1 ベク
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今日朝~4才のベクがとトイレにいくけどオシッコがでてないので夕方病院に連れていきました、膀胱炎でした、点滴と注射で今少しオシッコがでました、様子みてみます

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